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【完全版】すべてが一つという自然観の中で生きるということ

こんにちは、株式会社アグクル代表の小泉泰英です。

すべてが一つという自然観の中で生きるということ」のエッセンス版を新年の挨拶にてお伝えさせていただきました。

今回は、その完全版となる記事を公開いたします。

5000字と大変分量が多い記事になりますゆえ、好きなところだけ読んでいただくでも大丈夫です。

後日、分割版の記事も公開できればと思っております。

それでは発酵の世界へどうぞ。

人間も自然の一部であり、そんな中で生きている感覚

新年の挨拶として、これからの生き方について私の想いを述べさせていただきます。

私がこの世の中に届けたいメッセージは一つです。

人間は自然の一部であり、そんな自然の中で生きているという感覚を持てれば、個人としても社会としてもものすごく幸せだろうなということです。

自然とは山や海といったものはもちろんのこと、動物、植物、微生物といったすべての生命体のことを指します。

本挨拶として、3つのお話をさせていただこうと思います。

  1. どうして自然の中で生きる感覚が必要なのか
  2. どうすることで自然の中で生きる感覚を持つことでできるのか
  3. 自然の中で生きる感覚を持った先にどんな未来があるのか

2020年は東京オリンピックが開催されます。

オリンピックと言えば、「スポーツの祭典」というイメージがあると思います。

しかし、オリンピックには“精神の発達を願う芸術祭”という意味合いが含まれています。

つまりオリンピックはスポーツとしての側面以外に、私たちにとって文化を見直すきっかけや人間として成長するきっかけになるものでもあると私は考えています。

だからこそこ2020年という年が個人としても社会としても新しい扉を開くきっかけになればという想いです。

効率重視の無理な成長社会は限界を迎えている

どうして自然の中で生きる感覚が必要なのかについて、私は今の効率重視で、成長を常に求められる社会は限界を迎えていると考えています。

効率化や成長を否定しているわけではなく、無理な効率化や急すぎる成長だけでは最終的に誰も幸せにならないのではないかということです。

私がそのように考えるようになったのは、今から3年前の大学2年生の冬でした。

そこから考えた末、その限界を迎えている社会を物理的にも精神的にも解決手段として「発酵」というキーワードが大切なのではないかと思い、発酵食品を製造するアグクルを2018年に創業しました。

発酵の可能性についてはのちにお話ししますが、そこに行き着くまでの話です。

経済活動を促進するためのSDGsに対する危惧

昨年より大きく取り上げられるようになったSDGsですが、2020年は本格的に社会に浸透していく年になると思います。

SDGs(持続可能な開発目標)とは、2015年9月に国連で開かれたサミットの中で世界のリーダーによって決められた国際社会共通の目標のことです。

簡単に言えば、これからも地球や自然や人間社会がなくならないために私たちとして取り組む目標です。

そんなSDGsの流れが加速することは大変嬉しいことである一方、危惧していることがあります。

それは企業の経済活動を促進するためのSDGsになってしまっては本質からずれてしまうということです。

かつて地球温暖化対策としてバイオエタノールを生産するために小麦やトウモロコシなどの穀物が投機(大きな利益を狙った投資)の対象になってしまったことがありました。

投機の対象になったことで、アメリカやカナダなどの農家さんは何もしないうちに穀物の値段が高くなりました。

バイオエタノールを生成するためには、蒸留という作業が必要なため生成に大きなエネルギーを使用します。

そんなことを考えると、環境という聞こえの良い言葉が経済界によって利用された可能性もあるのかもと考えてしまう私がいます。

SDGsはそうはなって欲しくないという想いとそうはさせないという強い想いを持っています。

SDGs=持続可能な開発ですが、自分たちの生き方や仕事や事業が持続可能じゃないことの方が変だなという感覚を持ちます。

本当は別にSDGsという言葉すら用いなくても、人間は育ててもらった地球に感謝し、次の世代が生きやすいようにするのが当たり前なはずです。

地球と言われるとピンとこないかも知れませんが、21世紀という地球を親とし、22世紀の地球を子どもとするとわかりやすいかも知れません。

私たちの親である21世紀の地球に感謝して、22世紀の地球という子どもが生きやすい環境に貢献する感覚です。

分離ではなく、人間も自然の一部として考えるエコロジーを説いた南方熊楠

私が尊敬する偉人に日本で初めてエコロジーという言葉を提唱した南方熊楠という人物がいます。

熊楠の目指すエコロジーは単なる自然環境保全ではありません。

熊楠は、自然を破壊することは人間の文化や人間性もを荒廃させていくと述べています。

人間が自然を保護するという分離によるエコロジーではなく、人間も自然の一部として考えるエコロジーという熊楠の意見に強く共感します。

地球によって育まれた食べ物を口から入れて、100兆個とも言われる腸内にいる細胞以上の腸内細菌によって分解・発酵されます。

その後、うんちとして体外に排泄され、地球へと返っていきます。

私たちは決して人間単体で生きているわけでもなく、自然と分離して生きているわけではありません。

すべてが一つという自然観の中で存在しているのです。

発酵とともに生きる

次にどうすることで自然の中で生きる感覚を持つことでできるのかについて発酵の側面から以下の3つについてお話しします。

  1. 手前味噌・自家製の糠床を作ろう
  2. 腸内細菌が住む村を育てる感覚で食べ物を食べよう
  3. 醸す(=待ちながらつくっていく)生き方のすすめ

発酵について知ることは、自分がどれほど多くのものに生かされているかを知ることでもあります。

手前味噌・自家製の糠床を作ろう

自然の中で生きているという感覚をもつために必要な一つに、自分たちで味噌をつくる手前味噌文化の復活や、自分の家で糠床をつくって野菜をつけることがあるのかなと思っています。

今では商品としてメーカーがつくったものを購入することが多いですが、発酵食品は家庭の保存食として発展し、かつてはどこの家でも味噌や糠床をつくっていました。

糠床に関しては、嫁入り道具として持っていき合わせられていたという文化もありました。

手前味噌を作る際、作ったその瞬間は大豆と塩と米麹のお団子のようなもので、味噌とは呼べないと思いますが、6ヶ月、1年と熟成発酵させることで味噌となります。

その過程を眺めると、「1年後においしい味噌を食べるのに、あくまで私たちは最初の準備だけで働いてくれているのは菌たちなんだな〜」と感じるはずです。

私は手前味噌や自家製の糠床を外部化された自分と捉えています。

人間は菌によって分解・発酵されなければ栄養として吸収することができません。

多くの食べ物は自分の体の中で腸内細菌によって分解・発酵されています。

同様に手前味噌や自家製の糠床も微生物によって分解・発酵されています。

体内に住み着いている腸内細菌も自分であると捉えると、手前味噌や自家製の糠床も微生物も体内には住み着いていないものの消化吸収を助けてくれる自分の一部と捉えることができます。

そんなところから私は外部化された自分と考えています。

腸内細菌が住む村を育てる感覚で食べ物を食べよう

自然の中で生きているという感覚をもつために必要な2つ目は、腸内に住む菌たちが喜ぶことを意識した食事をしてみようということです。

腸内細菌の研究を進めることによって、アレルギー反応を抑えることや生活習慣病の予防にも寄与することが期待されています。

腸内細菌を大きな括りに分けると、「善玉菌」「日和見菌」「悪玉菌」の3種類に分けることができ、それらがそれぞれ2:7:1のバランスで存在していることが身体にとって一番良いとされています。

しかしバランスは日々の生活の中で崩れてしまがちです。

だからこそこの3種類の菌たちを意識して、少しでも善玉菌が優勢な環境になるような想いで食事を心がけることが大切です。

そうすることで、自分の体の中を住処にする菌たちと一緒に生きている気持ちに慣れると思います。

腸内には菌たちがいて、その菌たちが働いてくれることで健康が保てているのだなと想像すると自分の腸内細菌たちに愛着がもてたりします(笑)

もう一つ、注目したいことは悪玉菌が0でもダメだということです。

多くの場合、悪玉菌は腸内腐敗を引き起こす方向に向かいますが、大腸菌はときにビタミンを合成し、身体に良い影響を与えることもあります。

一見、いくら悪い存在でも、排他的な考えになってはいけないということを私は腸内に住む菌たちから学びました。

醸す(=待ちながらつくっていく)生き方のすすめ

自然の中で生きているという感覚をもつために必要な3つ目は、待ちながらつくっていく「醸す」という感覚を大事にして毎日を過ごすことです。

これこそが発酵の本質なのではないかと思っています。

「醸す」とは、すぐに結果を求めないけれど、前に向かって積み上げていくことをいいます。

悩んでいるときに「先が見えない」と思ってしまうか、「今は発酵中なんだ!」と思えるかは大きな違いではないでしょうか。

私たちはできることを全力で行うが、その先は自然や菌にゆだねて、ひたすら待ちます。

この“待つ”をいかに楽しむことができるかが発酵の深さであり、人生においては心の豊かさへと変わっていくのだと考えています。

醸すの背景には必ず、人間と対等な立ち位置、むしろ尊敬の念を持ちながら菌という存在がいます。

「醸す」を意識することで、自然の中で生きているという感覚に大きく近づくなと思っています。

真の循環型社会を目指して

最後に自然の中で生きる感覚を持った先にどんな未来があるのかについてです。

  1. 毎日の食生活で健康寿命を伸ばす
  2. 持続可能な循環型農業で、美しい地球と安心安全な食べ物
  3. 発酵の力でエネルギーを作り、世界から争いをなくす

未来については、今は私の妄想かもしれません。

アグクルは発酵を通して、あなたに自然の中で生きる感覚を届けることができたら嬉しいですが、その先に一緒に真の循環型社会を目指したいという夢があります。

毎日の食生活で健康寿命を伸ばす

毎日の食生活から腸内細菌が住む村を育てる感覚で食べることで、健康寿命が伸びていくようになる未来をつくります。

持続可能な循環型農業で、美しい地球と安心安全な食べ物

発酵技術は食品にとどまりません。

ゴミや糞尿を発酵させることで良質な土に近い堆肥を手にすることにできます。

私は一人でも多くの人が自然の中で生きる感覚を持つことで初めて、循環型農業が実現されると考えています。

今は堆肥を使って農業をする多くの生産者さんが、堆肥を市場から購入し調達しています。

しかしこれが近い将来、分別された地域のゴミが焼却施設で燃やされることなく、堆肥として発酵され、地域で農業や家庭菜園を営む生産者さんに届けられる社会が実現すると本気で信じています。

発酵の力でエネルギーを作り、世界から争いをなくす

「世界から争いをなくす」は大きな目標かもしれません。

しかし争いの根源の一つに、エネルギー問題があると思っています。

エネルギー問題を解決できることは争いをなくすでしょう。

微生物は発酵の際に大きなエネルギーを発生させます。

今後研究を進めることで微生物が発生させるエネルギーによって、まずは家庭、そして最終的にはそれぞれの地域のエネルギーを地域の微生物とともに生み出せる循環型の社会が訪れることも可能だと思っています。

人間(human)と腐食(humus)

最後に「人間と腐食」について紹介して、新年の挨拶を締めさせていただきたいと思います。

英語で人間は「human」、腐食は「humus」となりますが、実はラテン語では同じ意味だとされています。

これが何を意味するのか。

もっと成長したいという欲によって、環境をも破壊する私たちはこの地球の中で唯一、腐る可能性のある存在なのかもしれないということです。

ある意味、大いなる何かから試されているのではなないかとも思ってしまうことがあります。

人間だけが腐る可能性のある存在と考えると、だからこそ少しでも自然の中で生きる感覚を持って、次世代の社会に向けて、貢献し、動植物や微生物と同様に発酵する存在にならなければいけないのかもしれません。

私たちの意識の変化や、行動に変化は微力かもしれませんが、決して無力ではありません。

大変長くなりましたが、2020年という年が発酵時代の始まりになることを願って、アグクルも精進してまいります。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

株式会社アグクル 代表取締役CEO 小泉泰英

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