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22歳になりました。

昨日(1月12日)で22歳になったことを報告致しましす。
FacebookやLINEをはじめ数多くの方から誕生日メッセージをいただきました。
本当にありがとうございます。
全てのメッセージには返せていない次第であります。
しかし必ず全てのメッセージに僕からの気持ちをご返信させていたこうと思います。

このブログを読んでくださった方は22歳の抱負でもいうのかなと思ってくださったかもしれません。
大変申し訳ないですが、抱負はありません。
新しく1つを歳をとったからと言って、舞い上がっていてもそんな熱は冷めてしまえば忘れてしまうからです。

誕生日ってどんな日なんだろうって昨日は1日考えていました。

話は逸れますが、20歳になるまでは誕生日が本当に待ち遠しかったです。
特に特に18歳から20歳になるまでの2年間はどんなに待ち遠しかったことか忘れません。
20歳になってお酒が飲めるようになったときは本当に嬉しかったです。
(色々あるけれど、そこは察してください。)

でも22歳という誕生日は同じ気持ちではありませんでした。
誕生日の意味をひたすら考えました。

その結果、誕生日は周りへの感謝の再確認だという答えを昨日導きました。
そう思えたのは親と過ごした1日とみなさんからのメッセージにありました。

昨日は家族と一緒に1日を過ごしたのですが、普段実家にいないのもあったのでしょうが、親がとっても優しかったです。
親は「もう22歳か!この間まで赤ちゃんだったのに。」なんて笑顔で言っていました。
正直、僕以上に誕生日を迎えられたこと、ここまで成長したことを喜んでいたのではないかとも感じました。

そして僕は思ったのです。
誕生日は家族に感謝する日なのかもしれないと。
よく痛い中産んでくれた母に感謝をして自分の誕生日には母に花などの気持ちをプレゼントすると言うのを聞きます。
昔は全くそれがわかりませんでした。

「僕がプレゼントをもらえる日なのに、母になぜプレゼントしないといけないのか。意味がわからない。」

でもやっと少しだけわかった気がします。
当然生まれた日のことなんて僕は知らないけれど、両親にとっては思い出の日です。
そんな息子が成長していくのを振り返るのが誕生日なのかもしれません。

そうであるならば僕は特別なプレゼントなんてできないけれど、
来年以降も毎年、両親や家族と過ごすということで感謝を示していきたいです。

僕自身の抱負とかはどうでもいい。
僕に対するプレゼントも別にいらない。
(もらえたら嬉しいけど…)
特別感を出さなくてもいい。

でも日々の感謝を形にという意味ならば価値があるなと思いました。

僕が父親になれる日もそんなに遠くないかもしれませんね(笑)
(あんまり変なことを言うと波紋を呼ぶので冗談程度に)

 

もう一つ誕生日は周りへの感謝の再確認だと思えた理由が、みなさんからのメッセージです。
特にFacebookで言えば、ここ最近で僕と一緒に想いを語った人や久しぶりに思い出してくれた人がメッセージをくれました。

22歳になったとか誕生日だとかということには何も嬉しさは感じなかったけれど、みなさんからのメッセージは本当に嬉しかったです。
あなたの人生の中に少しでも僕がいるのだと感じることができたからです。
ならば「僕もそのみなさんのためにできることをしたいです。」と強く思いました。

たかがメッセージの一つと思う人もいるかもしれません。
でもこのメッセージが人に元気を与えたり、社会に幸せを増やしていくものなのだと思います。

そういう意味で言えば、誕生日はこんな人が気にしてくださっているというとことを知り、感謝をする日なのです。
気づかなかった感謝を可視化し、恩送り(ペイフォワード)の始まりなのです。

24時間という短い時間の中で僕に対して「おめでとう」の5文字を打つ時間を割いてくれて本当にありがとうございます。

そう言った意味では、本当に新しい気づきをもらえた特別な日になりました。

(追記)
なんか21歳になったときの投稿もあったのでここに載せておきます。

大切な仲間たちへ

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