「食と農のおいしい寺子屋」って素敵なネーミング。

一昨日、宇都宮市の某所でお話し会をしてきた。
どんな趣旨かというと、ほんものの食について伝える会をやろうとのことである。
話はとても盛り上がり、こういう語る会を企画してやりましょうと話がまとまった。

そうなると具体的なことを決め始めるのである。
「開催はいつにするか。」「どこでやるか。」「何人ぐらいを想定する?」
「告知はどうやってやる?」「チラシ入るかな?」「そもそもなんて名前の会にする?」

様々なことが決まっていく中で、私が一番みなさんに知って欲しいのがネーミング。

もしこの場が告知なのだとしたら、いつどこでどんな会をやることになったかを話すべき。
でもここは告知じゃなくて、私のつぶやきなのだから好きなこと言っちゃう。

そんなわけで、聞いいて欲しい、ネーミングを。



「食と農のおいしい寺子屋」である。

わかります?素敵じゃない!?
何が素敵かというとポイントは3点。

1つ目が、「食と農」。
2つ目が、「おいしい」。
3つ目が、「寺子屋」。
って全部じゃないか!って思った人もいるかもだけど、実は全部だ。

1つ目の「食と農」には、消費者側から見ると「食」になるけど、
生産者側から見ると「農」になると思う。

今までは、食品って言えば「スーパーに売ってるやつね。」って時代だった。
でもこれからは、農家から直接野菜を買う人、地域の味噌屋さんで味噌を買う人ともっと直接繋がり多様化してくる。
いいものは生産側から直接、インターネットを使って消費者(お客さん)に届く時代なんだ。
だからこそこの食と農がもっと隔たりなく、繋がっていくべきだと思っている。

2つ目が「おいしい」である。
おいしいって主観だよねって私は思う。
おいしいってどんな感じなのかってわからない。
「甘くておいしいの?」「辛くておいしいの?」「とろけておいしいの?」
おいしいにはどうおいしいのかの説明がなければ、本来よくわからないものなのである。

主観であると言ったのと同時においしいは主観でいいとも思っている。
どうおいしいかなんて人それぞれでいい。

友達の生産者が心を込めてつくったというストーリーが
あなたにおいしいという感情を与えてくれているかもしれない。
糖度が高いという謳い文句に惹かれて買ったからおいしいと感じるのも全然ありだ。

そのくらいおいしいは多様でいいのだ!
多様でありながら共通であることがある。
それはおいしいで不幸になる人はいないこと。
どんな意味合いでおいしいと思ったとしても、
みんな嬉しくなるし、幸せになるのが「おいしい」なんだと思う。

3つ目が「寺子屋」という名前である。
最近、私がよくみるイベントは「勉強会」「教室」「学び」というネーミンが使われている。
別にそれが悪いわけじゃないけど、私は「寺子屋」とネーミングはとっても素敵だし、素敵だと思っている。
なんでかというと、今回のイベントは「寺子屋」というイメージがぴったりだからである。

・距離感近く学べそう
・子どものように素直で入れるかも
・古くから大切に慣れている価値観を学べるのかな〜

まだまだあるけれど、寺子屋の一言は私にワクワクするイメージを与えた。
3つの想いが詰まった「食と農のおいしい寺子屋」というネーミング。
改めて文字を眺めても素敵だなと思う。

このネーミングが素敵だよねってのはもちろんである。
しかしそれ以上に今日伝えたかったのは、
ネーミングが素敵だとモチベーションが上がるよねって話である。

まさにこれらの言葉は生み出したわけじゃなくて、醸し出されてきた。
みんなで話し合ったけれど、それぞれの人生の価値観が言葉としてフワッと出てきた感じ。
発酵する人生を生きているからこそ、素敵な言葉を醸し出すことができるのだろうと思う。

今日もお越しくださりありがとうございました。
つい熱が入ってしまった小泉であります。

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