書道は生き様を「書く」ということで表現するアート

昨日のTEPPENを観ていた。
その中で書道のコーナーが出ていた。
芸能人6人くらいが本気で書いたものを書道が評価して1番を決めるものだ。
上手いかそうじゃないかということは正直どうでもよかった。
私が見たかったのは、「書道」という一つの「道」をどうやって捉えているかだった。

番組の詳細については割愛するが、書道には心が現れると私は思っている。
別に心を込めたほうが字が上手くなりますと言いたいわけではない。
でもどんな想いで書くかによって確実に字は変わる。

よく本番だけ頑張るし的な子どもに大人が
「日常生活から意識と咄嗟な場面や本番にもできないぞ。」というが、
書道はまさに文字界の「日常生活から意識と咄嗟な場面や本番にもできないぞ。」の現れだ。

自分がどんな想いで毎日生きているのか。
そんなところに気をかけて生きているのか。
小さな変化に気づき、小さな気遣いまでできているのか。

こんなことを文字に全て表されているのが、「書道」だと思う。

書道にはおそらくどんな筆は使っちゃいけないというルールはないだろう。
本当に上手く書きたければ、
ゴルフのドライバーやパターのように
払い専用筆や、「口」を書く用の筆があってもいいはずだ。

でも書道界にそんなものは存在しないと思う。
そんな筆が存在してしまったら「書道」じゃなくなる。

今の気持ちと技術を表現するのが「書道」だから技術だけでは成り立たないし、
だからこそこれからの時代にもう一度盛り上がる一つになるだろう。

書道は生き様を「書く」ということで表現するアートなのだ!

あー、「道」の精神の話をすると私の想いが溢れてしまう。
今日はこの辺にしておこうか。
まあここでは語りきれないくらい深くて面白いのである。

今日もお越しくださりありがとうございました。
実は私も小学校の頃書道をやっており、二段を持っています(笑)
当時はそんなことを考えずに書いてました。
もう一度、生き様としての「書」を初めてみようかなと思ってます。

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