演劇というアート

今日は仲良しがやっている演劇を見にいってきた。

はじめに感想を言おう。

 

みんなアーティストや。

 

農業に負けないくらいアートであり、世の人たちをハッピーにするものだ。

 

上手い下手に関して、世の中には演技が上手な人たちはおそらくいるだろう。

当然、お金をもらって相手を楽しませるプロとして技術の向上は必要だと思う。

 

でもその前提としてアーティストに必要なことがある。

誰にも縛られず、自分の描いている姿を表現する自由な発想だ。

アーティストは、誰の真似をしてもいけない。

自分の描いたイメージに忠実に何にも縛られず、表現していい。

 

農業も演劇も同じだと私は捉えた。

演劇も農業もある一定の型はあるだろう。

 

例えば農業なら種を蒔かなければ作物が咲くことはない。

それと同じで演劇も役とその役の特徴などは決めないといけないだろう。

 

しかしそれ以降はどうその特徴を自分なりに解釈し、

オンリーワンの自分を表現できるかで価値が決まってくる。

 

農業を肥料や水をあげて、作物を育てるだけの作業と見ることもできる。

 

それと同じように演劇もただ決められた役を

ストーリー通りに演じるだけの作業と捉えることもできる。

 

一見、決められたことをやっているように見えるが、そうではない。

 

でもその深い理解や真の楽しみは体験したものにしかわからないのだと思う。

そしてそのまでに到達してこそ、

初めて相手を楽しませることができるのではないだろうか。

 

今日私はお金を払ってでも見にいって良かった。

面白かった、楽しかったという表現より、

同じアーティストとして刺激になったし、頑張ろうと思った。

 

最後に。

人は必需品にお金を払う。

それは食料だったり、衣服だったり、家だったり。

でもその必需品の中に演劇や音楽などの人の心を豊かにするアートも

確実に含まれると今日確信した。

 

私たちをハッピーにしてくれるものに人はお金を払うし、払いたくなるんだな。

幸せな時間をありがとうございました。

 

(追伸)

内容に関してはあんまり触れないですが、ニオイの哲学が実に面白かった。

人工的な香料ではなく、自然なニオイに人は愛着を持つ。

まさにその考え方がこれからの社会に必要だし、またヒントをもらうことができた。

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